1970年代から1980年代にかけて、日本で初めて女優自らスタントや擬斗を演じ、圧倒的な存在感を放った伝説のアクション女優・志穂美悦子さん。ジャパンアクションクラブ(JAC)の第一期生として数々のアクション映画やテレビドラマで一世を風靡した彼女は、1987年にミュージシャン・俳優の長渕剛さんとの結婚を機に芸能界を引退しました。
それから数十年が経過した2026年現在、表舞台から身を引いた彼女がどのような人生を歩んでいるのか、その動向に改めて熱い視線が注がれています。本記事では、公式情報をもとに、芸能界引退後のフラワーアーティストや「鬼無里まり」としての活動、そして長渕剛さんとの結婚や家族の近況に至るまで、そのリアルな実態を分かりやすく紐解いていきます。
伝説のアクション女優としての歩みとJAC時代

岡山県出身の志穂美悦子さんは、子供の頃から運動神経が抜群で、中学時代には陸上部の80メートルハードルで岡山県歴代2位の記録を残すほどのスポーツ少女でした。テレビドラマ『キイハンター』を観て千葉真一さんの熱狂的ファンとなり、スタントマンになる夢を抱いた彼女は、1972年8月に千葉さんが主宰するジャパンアクションクラブ(JAC)を受験して合格。同年10月に上京して入会を果たしました。
JACが初めて輩出した女優として、海外でも「Sue Shiomi」の名で知られる存在となり、従来の日本の女優のイメージを覆す本格的なアクションをスクリーンに刻み込みました。1980年代に入るとアクションの枠にとどまらず、ドラマ『金曜日の妻たちへII』やバラエティ番組『欽ドン!良い子悪い子普通の子おまけの子』などに出演し、幅広い演技力で茶の間の人気を集めました。
長渕剛との出会い、結婚、そして芸能界引退の真相
彼女の人生の大きな転換点となったのは、1986年6月から放送されたドラマ『親子ゲーム』での共演でした。元暴走族でラーメン屋を営む青年を演じた長渕剛さんと、その恋人役を演じた志穂美さんは、撮影中のケガをきっかけに急接近。映画『男はつらいよ 幸福の青い鳥』でも共演を重ね、互いに強く惹かれ合うようになっていきました。
交際が公に認められる中、1987年8月29日に入籍。長渕さんの「普通の人としてひっそり式を挙げたいたい」という希望から、同年9月17日に奈良県天川村の天河大弁財天社にて、双方の両親と親しい知人のみの参列のもとで厳かに挙式が行われました。長渕さんの意向もあり、「クセのある男なので専業主婦したい」と語って芸能界を引退。表舞台から完全に身を引くという大きな決断を下しました。
志穂美悦子さんの経歴・活動変遷一覧
| 時期・年代 | 出来事・主なトピック | 備考・詳細 |
|---|---|---|
| 1955年 | 岡山県西大寺市に生まれる | 父親が大蔵省印刷局勤務の国家公務員。 |
| 1972年8月 | ジャパンアクションクラブ(JAC)合格 | 千葉真一に憧れ、スタントマンの道を志す。 |
| 1970〜1980年代 | アクション女優として映画・ドラマで活躍 | 日本初の本格的アクション女優として国内外で高評価。 |
| 1987年8月・9月 | 長渕剛と結婚・芸能界引退 | 奈良県・天河大弁財天社で挙式。家庭に専念するため引退。 |
| 2000年代以降 | フラワーアーティストとしての活動本格化 | 個展の開催や作品発表に加え、事務所経営にも参画。 |
| 2024年〜 | 「鬼無里まり」名義での活動開始 | 新たな表現名義を取り入れ、創作の幅をさらに広げる。 |
芸能界引退後:フラワーアーティスト「鬼無里まり」としての現在
芸能界を去った後、志穂美悦子さんは新たな表現の場としてフラワーアレンジメントの世界に飛び込みました。独学からスタートし、のちに本格的な技術を習得してプロのフラワーアーティストとして開花。数々の個展を開催し、雑誌やメディアでの作品発表を通じて多くのファンを魅了し続けています。
加えて、2024年からは「鬼無里まり(きなさ まり)」名義での活動も開始しており、アーティストとしての新境地を開拓しています。かつてアクションで鍛え抜いた精神力と類まれなる美のセンスは、花を扱う繊細な表現力へと見事に昇華されており、現在の彼女を語る上で欠かせないライフワークとなっています。
実業家としての側面と長渕剛を支えるパートナーシップ
家庭においては、長渕剛さんの妻として、そして3人の子供たちの母親として家庭をしっかりと支えてきました。実業家としても手腕を発揮しており、長渕剛さんの個人事務所『Office REN』の代表取締役社長を務めた経歴を持つなど、アーティストのマネジメントやビジネスの面でも夫を強力にバックアップしてきました。
メディア露出こそ限られているものの、公式情報や関係者の証言からは、公私のパートナーとして長渕さんの音楽活動を根底から支え続ける揺るぎない絆がうかがえます。夫婦二人三脚で築き上げてきたその生活スタイルは、多くのファンから尊敬を集めています。
子供たちの近況:芸能・音楽の道を進む家族の姿
長渕剛さんと志穂美悦子さんの間には3人の子供が誕生しており、それぞれが表現の世界で独自のキャリアを築いています。
長女の文音さんは女優として映画やテレビドラマで活躍しており、両親譲りの高い演技力と表現力で注目を集めています。長男のWA航RUさんはヒップホップミュージシャンとして音楽の道を歩み、次男のReNさんもシンガーソングライターとして国内外でライブ活動を展開するなど、音楽的才能をしっかりと受け継いでいます。
子供たちがそれぞれのフィールドで自立し、プロとして活動している背景には、両親が背中で示してきた表現者としての姿勢や、温かくも厳格な家庭教育があったと言えます。
【志穂美悦子現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:志穂美悦子は現在、芸能界に復帰しているのですか?いいえ、1987年の結婚を機に芸能界を引退しており、現在のテレビドラマや映画への出演はありません。現在はフラワーアーティストや「鬼無里まり」としての活動に専念しています。
A1:
Q2:フラワーアーティストとしての現在の活動名や作風はどのようなものですか?
A2:長年培ってきたフラワーアレンジメントの腕前を活かし、個展の開催や作品発表を行っています。2024年からは「鬼無里まり」名義でも活動し、独自の美意識を表現した作品を手がけています。
Q3:夫である長渕剛との現在の関係や家族の近況はどうなっていますか?
A3:結婚生活は30年以上続いており、公私にわたるパートナーとして長渕剛さんの活動を支えてきました。子供たち(文音、WA航RU、ReN)もそれぞれ俳優や音楽家の道で活躍しています。
1970〜80年代を駆け抜けた伝説のアクション女優・志穂美悦子さんは、華やかな芸能界をスパッと引退した後、フラワーアーティストおよび実業家、そして母親としての全く新しい人生を選択しました。
2026年現在も「鬼無里まり」名義での新たな表現活動に挑戦し続けるなど、年齢にとらわれないアプローチで自身の道を切り開き続けています。過去の栄光にすがるのではなく、自らの手で美と家庭を築き上げてきたその生き様は、今なお多くの人々に深い感動と刺激を与え続けています。